2012年1月15日

2012年睦月 瓦土塀

瓦土塀から思い浮かべれば、江戸時代劇、松本清張「かげろう絵図」がありました。
物語の始まりは「吹上」の章
家斉は眼をさました。
部屋に薄い陽が射している。
六つ(午前六時)を少々過ぎたころだなと思った。
このごろは決まってそうなのだ。
年齢をとると、だんだん眼が早くさめて困る。

物語の帰結は、
さしも旭日の勢いであった忠邦も、たちまち、転落の人となったのである。
栄枯は常に、人事の上に繰り返される「かげろうの図」の如きものであろうか。
水野忠邦が罷免されたと聞いた群集は、何千人と知れず、その屋敷の前に集まって、ときの声をあげ、石礫(つぶて)を邸内に投げて暴行を働いたという。
改革当初、忠邦に喝采を送った同じ江戸民衆がである。
ー東京新聞(33/5/17~34/10/20)

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